ロクオンライフ

ギター修理,製作.音楽録音

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終焉NO4 モダンジャズへのこだわり  マイルス&コルトレーン

上ふたつは、マイルスデイビスによる、[So What] [Blue in Green]のアドリブ

これは、ジョン・コルトレーンによる、おなじ、 [So What]  [Blue in Green]のアドリブ

私が20才頃(1960年)最もモダンジャズを聴き、勉強したレコードです。マイルス&コルトレーンは、このレコードを録音したときは、同じグループのメンバーであった。二人はやがて、それぞれのグループに分かれて活躍するけれど、そのサウンドは全く違うものになっていった。マイルスは、有能な新人を発掘しては、絶えず進化を求め続け、麻薬をやりながらも、才頃(1960年)最もモダンジャズを聴き、勉強したレコードです。マイルス&コルトレーンは、このレコードを録音したときは、同じグループのメンバーであった。二人はやがて、それぞれのグループに分かれて活躍するけれど、そのサウンドは全く違うものになっていった。マイルスは、有能な新人を発掘しては、絶えず進化を求め続け、麻薬をやりながらも、60才半ばまで生存、JAZZの帝王とよばれた。コルトレーンは、麻薬づけで、40才過ぎで亡くなった。ただ、狂ったように録音をし多くの名作を残した。その他好きなジャズマンはたくさんいますが、この二人は格別な存在感をもつミュージシャンでした。カルテット(4人)クインテット(5人)各自が、でたらめであろうが、アドリブという緊張感を味わうと、たまらない陶酔におちいり、「今こそ生きている」と感じたものです。その時代は、歌謡曲などバカにしていました。しかし、ミュージシャンを辞めて何年か後から日本の曲も、演歌であれホークソングであれ、「うまい歌手」が歌い、ヒットした音楽も聴くようになりました。日本人で 「うまい歌手」 、美空ひばり、ちあきなおみ、内藤やす子、特に後者二人は、日本人離れのリズム感がJAZZらしく好きだねぇ。男性歌手、、、やはり布施明(有名外人女優に惚れられたぐらいだからねえ)井上陽水、、、バブルガムブラザーのメインボーカル、名前おもいだせない、、あんな「ノリ」のできる歌手もいないなあ。

私の、ウインドシンセでノリのいい曲は、これ

中島みゆき「あした」2コーラスからのアドリブによるうたいかた

歌詞がなく、メロディーを楽器で演奏するのもいいとおもいませんか、、なんでもいい、楽器にふれてください。一日が何事もなく満足感を味わえるのではないでしょうか、、

ギター演奏&ギター製作 終焉 NO3

ギター演奏を始めるのに現代ならば、わざわざレッスンを受ける必要などないというのが、私の持論です。但し少しだけ条件はあります。①少しだけ音楽を聴く耳がいいこと。②練習をする場所と時間があること。この二つを満たすことができれば、必ず上達します。youtubeでも、沢山勉強できますね。私はあるプロに20~30時間ぐらいレッスンを受けたことがありますが、教わるというより音楽について話しただけだったと記憶しています。

この曲は50歳代に出会って、一生弾き続けようと思っていました。79才の現在まだ指は記憶していますが、肝心の指が動きません。テンポを落としても弾けません。原因は60才過ぎからギター製作に夢中になったからです。30才なかばにクラシックギター製作キットを買って作ったこともあります。その後50才代にまずまず知名度のある製作者2度、自分向きのギターを製作依頼しました。どちらも、ローズウッド、ジャーマンスプルースでしたが、半年後には売却しました。そして、60才頃からギター製作の本、ネットで知識を習得、(もともと大工仕事はお手の物で、一部屋増築など自分で全部やりとげる)ギターを壊して分解すれば構造が分かり、製作を開始しました。大阪在住のギター製作プロとも知り合い、作るたびに技術は上達したつもりです。失敗すればその箇所を修正すればよし。!そのうち、ヤフーオークションから落札したジャンク品の修理もたくさんやりました。これはなかなかおもしろいことはなばなしい。割れてならないギターを、正常な状態にもどすのだから、その達成感は充実のひとことにつきます。元の材料が良ければ、(ほとんどなし、偽くらものがおおい)現在いい材料にめぐりあえないから、普通に、修復さえできれば、断然面白いです。

しかし、1年ほど前、左眼の病気がわかり、細かい作業が困難になりました。鉛筆で線を引けば1ミリずれていたり、簡単なところを、のこで切れば、正確さを欠いていたり、(修正はできますが)仕事がはかどりません。これが、ギター製作を辞めた理由です。

老人とは、自分が出来ていたことを、すこしずつ無くすことです。逆に、若人とは「生きる時間」を持っていることです。人生、クリエイティブに生きるべし!

ブログ終焉 NO2 楽器の変遷

私の本業はこの楽器。もう、「プー」という音がでるだけ。初めての楽器は,手造りの竹笛かな、、小学生何年生?ハーモニカにめぐりあい、新しい曲を演奏するため少しは譜面をよめるようになりました。中学3年生、年上の、いとこからギターを貰いました。ドレミファソラシドだけ教わって、高校卒業まで必死に、一人で遊んでいました。卒業直前、演芸会みたいなものがあり、自分にとっては衝撃的曲、「ハートブレイクホテル」を全生徒の前で演奏しました。(独奏)そのころ、東京では、ウエスタンカーニバルで、平尾昌晃、ミッキーカーティス、往年のスターの全盛期でした。私が演奏した翌日、1学年下の女性が私の家に来て私の写真を何枚か持って行きました。手紙もきました。田舎のスター誕生!昭和33年だったと思う、日本にスペインから、カルロス・モントーヤがフラメンコ音楽を持ち込んだおかげで、どっぷりとはまり込みました。私は未成年者でしたが、アルコールを飲まない日はなかったと記憶しています。(いまも、、)18才半ば、急性肝炎になり40日ほど入院しました。入院中、ラジオ番組で、モダンジャズに出会い、聞きまくり、退院したらトランペットを楽しもうときめました。しかし、パツラ(ラッパの逆読み、楽隊言葉)は一人で吹いてもおもしろくない。不思議なもので、あるキャバレーでプロのサックス奏者と知り合いになり、そのキャバレーに出入りするようになり、ちょっとしたことで、ステージに立って演奏する羽目になりました。その内容や、惨憺たるもの。そのバンドマスター(バンマス)が吹けるところだけ吹け!と勇気づけてくれたおかげで、3か月ぐらいで、格段の進歩をしました。そのバンマスの思いやりを無視して、モダンジャズを演奏したくて、二つのバンドを経験しました。私は昼間は今のNTTの公務員。夜アルバイト1年あまりやっていましたが、ある友人が東京でいいバンドができるので行かないかといわれ、プロミュジシャンになりました。上京したのはいいけど、そのバンドは30才半ばの人たちで、私の天狗の鼻はペシャンコ!2年余りフルバンドの、3番目か4番目のラッパ吹きとして必死に努力しましたが、痩せぎすの自分では無理でした。体も、1年せいぜい10日の休み、不規則な仕事予定、おかげで体調を壊しました。ミュージシャンをやめるにしてもなんのため東京まで来たのか?3流バンドでしたが、ある程度モダンジャズも演奏できるバンドで楽しみながら、1年ほど演奏活動をして、ラッパを辞めました。その後ギターだけは手元にあり、そのうち、シンセサイザーにはまって、一人で楽しめることを知り、40年ほど楽しんでいる次第。

マイルスデイビスのレコードのコピーです。Saxのアドリブは打ち込み.曲の出だし部分、ミックスを失敗したままですが、スミマセン

こんな雰囲気のアドリブが自分の好み。ウインドシンセで演奏しています。

「ロクオンライフ」のブログ終焉の始まりNO1

人間の個々の能力など、実際はほとんど差はないと思います。しかし、私の一族20人余り、音楽に関してだけは僅かに私だけが優れている。音痴がいるわけではないが、細部を聞き分ける能力を少しだけ持ち合わせている。このサイトを立ち上げるにあたり、心がけたことは、自分が音楽のプロとなり、体を壊して25才であっさりとやめてしまったが、短い期間の体験の「差」だけが音楽を聴き分ける自信があってこのサイトを立ち上げました。これは全ての職業においても共通するはずである。

上、2曲の説明 40年ほども前、(そのころ既に自慢の?トランペットは吹けませんでした。ギターは適当に弾いていました)シンセサイザーが普及し始め、音楽やるならこれだ!と感じた時期。日本のシンセの創始者といってもいい、「喜 多郎」 の癒し系音楽にはまりました。ある 「喜 多郎」 の演奏会を聴きにゆき、耳コピーしたのを、レコードを聴きながら採譜し、沢山曲を真似て作りました。多分、仕事、家庭に必死だった年頃だったと思います。パソコンは、Mac、音楽ソフトと、エクセル&ワードで150万。当時私の趣味は(遊び)ゴルフ、酒、麻雀、どうやって金のやりくりをしたのか、、、トランペットプロ奏者を辞めて15年ほど、もう一度音楽にのめりこんだ時代。プロ時代は苦しくてたまらなかった。あの奏者よりは上手くなりたい、東京へ行って、自分の力不足を感じ、365日練習、また練習。そのうちにだんだん体を壊し、最後の1年間は、TP,Sax&3リズム(ピアノ、ベース、ドラム)で本来の、私の音楽の出発点にかえり、JAZZを中心に、アドリブを楽しみながらプロ生活を終えました。いくばくかの、音楽に対する未練は消えることはありえません。こんごも、、1年ぐらい前に、作詞、作曲、アレンジ、自作曲を、youtubeにアップしました。作詞の才能がもしあれば、もっとたくさんのオリジナル曲も作れたと思います。しかし自分は「トランペット演奏者」でありたかっただけ。帝王、マイルスデイビス。地元のTV局のインタビュー番組にも出演しました。人間が生きている理由?、、、20歳前後にアルベール・カミュの本にめぐりあい、「異邦人」「ペスト」「反抗的人間」そして、「シジホスの神話」、、多くの哲学的な本、この年頃に自分の精神的構造は育成されました。 「シジホスの神話 」の冒頭、本当に重大な哲学の問題はひとつしかない。それは自殺である。ここから始まり、ギリシャ神話,[シジホスの神話」の解説を読み終えて、人として生きる意味を知りました。

あと何回書いて、「ロクオンライフ」を終わるか分かりませんが、いつも、ブログの最後にはこの私のオリジナル曲を掲載するわがままをお許しください。1年ほど前に出来上がった曲ですが、この1か月ぐらいかけて、修正しました。よくなったかどうかわかりませんが、、、曲名も、「シジホスの神話」にしました。

サウジアラビア王国へのドローン爆撃

2日で修復なのか、2週間なのか、2ヶ月なのか?石油の高騰で喜ぶ人もいれば、それぞれ、、、既に年末には100ドルなど、、

とりあえず、イランの攻撃だといわれているけど、そんなに単純だろうか。深読みをしてみよう。イランは、この11月?トランプと会談などといわれていた。ローハニ大統領、ホメイニがこんな見え見えのことをするだろうか。つい最近ボルトン氏が解任された。ご存知の通り強硬派。ポンペイオすらかろうじてとどまっている、トランプ陣営。イランとの会談はトランプからいいだしたのでは?石油が上がって、一番よろこぶのはどの国か。「ロシヤ」  イランとも通じ合っていることは周知のとうり。ロシヤの経済環境は依然下降線。さすがのプーチン大統領も支持率低下。ロシヤが、何らかのテロ組織を使って行動した可能性もおおいにあると思う。プーチン大統領はいま、かなり追い込まれている気がする。ドローンを10台も飛ばす暴挙を思いつく指導者といえば、プーチンしか思いつかない。そのテロ組織を育てたのは「アメリカ」 この考えは、インテリジェンス好きの私が思いついただけのお遊び。お隣中国は、経済だけ日本と手をつなぐ努力をしていることは事実。数年前、共産国家同士でありながら、気の合わない中国とロシヤは表面的に仲良くしていることも事実。今現在、この10年以上権力を持ち続けた指導者といえば、プーチン大統領以外考えられない。それはロシヤにとって必要な指導者であった。プーチンの心の裏側は国民は目をつぶっていたはず。しかし今は状況がかわっている。国家の経済が下降線から抜け出せないのがプーチン大統領最大の課題と思っているに違いない。全世界の非難を浴びて、クリミヤをもぎ取る大統領だ。今の時代にこんなことを行動に移し、実行する指導者がいるだろうか、、、私ははっきり言ってプーチンは好きでした。単刀直入に感情のままに発言したり、何百人の報道陣を前に質疑をかわし、しかもTVで公開。汚職を疑われながらシャーシャーと受け流したり、自分を、また国家を守るためなら堂々と嘘もつく。共産主義国家として長いあいだ封じてきたロシヤ正教を懐柔したり、これほどにも、正と悪、善と偽善を駆使できる指導者は1000年に一人の稀有な政治家とはいえまいか。しかしプーチンの顔を見れば感じ取れる。老い。これからの日本、どのようにして人口がへっても成長し存在し続けるには政治家のなかの政治家、「将に将たるひと」の出現を待たねばならない。その為には教育の在り方以外考えられない。

数日前、世界の危惧を書きました。今日たまたまNHKの討論番組を朝みてたら自分が感じていることはそんなにおおげさな問題ではなくまさに重大な危機でした。そこに、サウジアラビアの事件です。私はあと5年ほどの寿命でしょう。日本人の誇れるもの、修正しなければならないこと、若者ほど考えなければならないと痛感しました。

シジホスの神話

昨夜遅く修正されたものをアップしたけど、今日聞いてみると、不満足。わけのわからない、ノイズがある、ドラムの「フィルイン」が改悪、もうすこしボーカルを際立たせないか、実に苦しい。

「シジホスの神話」そのものが、普遍の努力を続けることにこそ、人生の価値を見出せると教えているので、も少し挑戦しよう。

武器と楽器

「ロクオンライフ」のブログに掲載の曲、シジホスの神話の修正に苦労しています。上側、従来通り、下段修正。目的は各音の輪郭、音の広がり、「M/S処理」といいます。非常に難しい、、リズムパートも、キック、スネア、トム、シンバル、ハイハット、それぞれ分離。(当たり前かも)まだまだ、、その他出来上がって保存している曲も300曲ほども修正中。耳が衰えている中、かえって悪くなるかもしれません。しかし、楽しむものがほとんど無くなっている現在、努力だけはしてみよう。

武器と楽器はどちらが、先にうまれたか?証明される資料は何もないであろう。

ホモサピエンスがこの地球上で進歩を進める中で、私なら、両方同時に製作したであろう。20世紀は「戦争の時代」という。ならば21世紀は平和の時代となるだろうか?否である。 ユヴァル・ノア・ハラリによる サピエンス全史(まだ読んではいませんが、NHKによる番組は録画もし、何回かみました)から感じ取ること、その他古い世界の歴史の流れを読み取っても、人類は進化を求めるためか、富を、領土を、宗教を、要求していることがあまりにも多すぎるという人間の要求している欲望を抑制しない限り、「歴史は繰り返す」という一言に尽きる。この数か月だけを振り返っても、人間の、「欲望」のみが世界中のに蔓延していると思う。アメリカ、イギリス、ユーロ、中国、ロシア、中近東諸国、そして、東アジア。10年ぐらい前かな、ユーロの安定を見て、世界の中心となり、後進国を先進国へと導く「寛容、啓蒙」の精神を発信する中心になってほしいと思っていました。アメリカ国家は短い歴史の中で、瞬間、世界の警察を自認しただけだと思う。その結果何か世界に誇る貢献があっただろうか。この国家に世界をリードさせるわけにはいかないというのが、自分の思いである。成長著しい中国は、こんなに成長させてはならなかったと思う。もっと世界の有力政治家は、この中国の国家観を把握している必要があった。この国の歴史を振り返れば、その弊害、暴挙、簡単に読み取れるはず。しかし、もうすでに手遅れ感があり、混乱状態の中心にある国家ではなかろうか。今や、どの地域の国家同士が、代理戦争であれ、本戦争であれ、他愛ないことで、爆発しかねない。自分は無神論者ですから、宗教戦争などは、理解できない。しかし、その 宗教戦争 と言われるものが、歴史上圧倒的に多い事実を識者ならば十分認識していたはずである。こんなことを推察していると、私程度の立場では、何の作用も及ぼすことはなく、ただ、その日その日をただ、楽天的になったり、一人で怒ったりしながら、日々を過ごしている次第である。

私の音楽録音の楽しみ方

曲を作る(録音)方法は時によりいろいろだけども、簡単な方法をある曲でやってみます。まず、既存の有名曲なので、出来立てのギターで、メロパートを録音します。IEでは音が出ないかもしれません

メロパートは、歌おうが、シンセから入力しようが自由に。テンポをある程度意識しつつ、歌心もわすれないよう。次はマイギターで、低音部(ベース)を

メロディーを聴きながら録音。それが、これ

音楽になりつあるが、物足りないので、バックグラウンドに適当にシンセで、アドリブで、2種類追加。単独で聞くと、この2種類。


これらを、パンニング、エフェクト、各パートの音量などをミックダウン。

さらに、丁寧な修正をするときはWaveLabソフトで加工することもあります。

ほとんど、これが制作の基本。いかんせん、ピアノを自由に弾けないので時間がかかることもあります。音楽は、その瞬間を楽しむもの。出来不出来をきにせずクリエイティブな心を忘れないこと。自己満足大いに結構!

私は猫嫌い~懺悔の価値もないけれど

「猫 写真 フリー」の画像検索結果

NHKの猫ちゃん番組、もういい加減にへらしていただけないでしょうか。犬も子供のごろ、噛まれたこともあり、野良犬に追われたこともあり特に好きではありません。田舎育ちの私たちの村にはネズミを捕るため、どの家も猫は飼っていたものです。ペットではありません。子猫が生まれても、貰い手はなかなかいるものではありません。ではどうするか?山の木の小枝、小川にある小さな木に袋に猫を入れてつるして、自然死させていました。少なくとも昭和40年頃までは記憶はあります。中学を卒業まで(昭和31年)学校までの往復7キロ、特に下校時に猫を見つけると、みんなで一緒になって捕獲し、川に投げ込んだりしました。

事件1 私が10才ごろ、(昭和25年)父親が、冬、ヒヨコを100匹~200匹仕入れて卵を産む手前まで自宅で育て、近くの家庭に販売していました。温度管理が大切で、私も手伝っていました。(1か月ぐらいの収入になったのかな)ある時野良猫がヒヨコの中に紛れ込み、何匹か食い殺しました。たまたま親父がその猫を捕まえて、土間に投げつけ殺しました。

事件2 家を増築しましたが、どこから侵入したのか、家内の部屋の天井裏に子猫を4匹育てていたことがありました。(20年ぐらい前)やむなく、追い出す作業にかかりましたが、1匹の子猫が隙間に落ち込み、壁を壊し、捕まえた後、山に捨てました。残り3匹は親猫が1匹づつ連れ出したようです。

事件3 家内が子猫を拾ってきて飼ってやろうというので、私は無視していました。ところが、しばらくすると、やけに何か、ダニにでも噛まれるようになりました。なんのことはない、2部屋にわたって絨毯がノミだらけ!おまけに、夜中にオス猫が紛れ込み、ギャーギャー騒ぎ立てる始末。翌日10キロ位離れたところへ捨てました。

事件その他、この10年はありませんが、子猫が夜まぎれこみ、ニャー、ニャー泣き続けることは何回かありました。(翌日、早朝ゴルフ)すべて、山か川の向こう側に捨てました。皆さんはこんな時、どう対処しすか?私は今でいう、動物虐待者です。

マイギター自作完成

苦労は報われる。大成功!

指板をつないで作る。ブリッジは4枚の板の端材(ハカランダそのた)を接着し作る、ロゼッタは細い材料で埋め込むだけ。(ギター周辺のかざりも)表板はプロ製作家に選んでもらったもの。(20年ほど前の自然乾燥品)美しく、存在感のある音色のギターに仕上がりました。この表板を選んでくれた、大阪のs氏に感謝します。こんな板は自然に集中して製作ができる。ギターの良し悪しの選択は、表板!

ポギー&ぺス サマータイムを意識して(乱れ弾き) IEでは聞けません